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寺下真理子 インタヴュー 2017.02.24
ROMANCE   さまざまな愛のかたちを雄弁に語る楽曲たちをあなたに…。
  最新作『ROMANCE』
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AVE MARIA   国内外のハイレゾ・チャートで話題となったメジャーデビュー作。
  絶賛配信中 『AVE MARIA』 FLAC ページへ DSD ページへ

 

 

心地好い目覚めを促す柔らかな朝の日差しのような。開け放たれた窓からひっそりと忍び込む春の微風のような。清澄でたおやかに立ち上がるブラームスの旋律は、やがてじわじわと微熱を帯びていく。あたかも血潮が徐々に身体を巡り、生命に躍動をもたらすかのごとく…。ファリャの旋律では熱情を発露し、モリコーネの旋律では郷愁を滲ませ、ショパンでは哀愁を漂わせる。さらには歓喜や安寧、寂寞や憧憬といった様々な情感が描かれ、それにより色とりどりの物語が綴られていく。

2015年リリースのメジャーデビュー作『Ave Maria』が国内某ハイレゾ総合チャートで1位を獲得し、韓国grooversでも長期間に渡ってチャートインするなど、国内外のハイレゾ・リスナーから絶大な支持を得る寺下真理子。そんな「ハイレゾ・リスナーに選ばれたヴァイオリニスト」が待望の新作『ROMANCE』をリリースした。「私が恋に落ちた曲たち」を集めたという本作。そこでは様々な“愛のかたち”が、寺下のニュアンスに富んだヴァイオリンによって細密に描写されている。

ひとつの音が放つ多様な色彩。ひとつの音が宿す重層的な感情。そして、それらを時に流麗に時に快活に、そして時に繊細に時に豪胆に繋ぎながら旋律を紡いでいく。その様はむしろ、物語を臨場感溢れる語り口で綴るストーリーテラーというよりも、ヴァイオリンそのものがそうした紆余曲折の物語の主人公となり、その折々で抱く心の内を吐露しているかのような、そんな印象さえしてくる。それほど、解像度の高い“心の襞”がその音色に映し出されているのだ。そこにあるのは、計算式によって導き出される人工的な造形美では決してなく、むしろ、計算では再現し切れない複雑な自然美である。

細密な描写をものにするために、寺下真理子は研究に余念がない。曲の時代背景や制作過程。楽曲に込められたメッセージや感情の解釈。音の響かせ方や飛ばし方。さらには、アルバムの選曲や曲順に至るまで。それらは、表面的な音にはダイレクトに表れずとも、彼女の音にふくよかな響きと心揺さぶる起伏と、何より揺るぎない説得力をもたらしている。それはまさに、人の耳には聴こえないが五感を通じて確かに感じることのできる非可聴域をも含めて再現する、ハイレゾ音源のごとく“解像度の高い”表現ではないか。

ハイレゾ・リスナーに選ばれるのも至極納得である。

収録された“12のストーリー”について、たっぷりと語っていただいた。
 

 

 

 

最後の音と次の曲の調が違和感のなく繋がるような選曲をしました

――  ニュー・アルバム『ROMANCE』ですが、「私が恋に落ちた曲たちを収録した」とのこと。選曲は全てご自身でやられたんですか?

はい、全部自分で選曲しました。まずは自分の中でストラヴィンスキーを収録したいなという想いがあって。後は、自分の好きな曲を集めてみようということと、クラシックを普段聴かない人にも楽しんでもらえるような曲を集めよう、ということを考えながら選曲しました。

――  なるほど。そこには、自分が演奏しやすいものとか、表現しやすいもの、といった基準はありましたか?

もちろん、相性というのはありますから、弾きにくい曲はわざわざ選ばなかったですが、でもそれよりも好きな曲という視点で選びました。

――  レコーディングに関しては、ALTUSで1枚出されて、キングレコードで2枚目を出され、本作が3枚目ということで。だいぶレコーディングには慣れましたか?

そうですね。レコーディングの難しさはある程度わかってきたので、3枚目となると少しは慣れたかもしれないですね。「こういうことを注意してやろう」と意識して演奏しました。

――  たとえばそれはどんな点ですか?

レコーディングってミスを拾われしまうので、消極的な演奏になりやすいんです。でも、それだとつまらないので、もちろんミスをしないよう注意を払いながら、スケールの大きさだったりとか、迫力、力強さといった部分を出していくよう意識しました。

――  勢いとか臨場感ということですか?

そうですね。とても大事だと思います。何回かテイクを録るので、綺麗な演奏をするよりもより迫力のある演奏をするように心掛けています。「普段コンサートでの感覚を忘れずに」というのがテーマとしてありました。コンサートでは気にならないところも録音だと気になってしまうので、どうしても大人しくなってしまいがちです。

――  ポピュラー音楽的に言えば“ライブ感”という感じですね。

そうですね。

――  それはある意味、ぜんぜんノリが違うのかもしれないですけど、ジャスティン・ビーバーやブルーノ・マーズから影響を受けたものが間接的に表れているのかもしれないですね(笑)。

どうだろう……そうかもしれないですね(笑)。

――  録音は富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ、というところでやられたんですけど、どうでした?

音響がとても良かったです。すごく弾きやすかったです。デッドな感じは全然なかったし、かといって響き過ぎてもいないし。響き過ぎるとディテールがよく聞こえないじゃないですか。ぼんやりしてしまって演奏も録音もしにくいんですが、そういう意味で、すごくバランスがよかったと思います。響きもありながらちゃんと芯が聞こえていて、演奏しやすかったです。

――  なるほど。では、曲順にはこだわりましたか?

曲順にはこだわりましたね。調性を気にしながら決めました。調性の繋ぎが自然になるように、一つのストーリーを聴いているような自然な流れを作るように。だから、最後の音と次の曲の調が違和感のなく繋がるような選曲をしました。一応全部自分で選んだんですけど、プロデューサーが聴いて「これすごいくいい並びだね」って言ってくれて、自分が選んだそのままが採用になったんです。

――  発OKが出たんですね。

そうなんですよ。大変だったんだですけどね。でも、自分だったらこう聴きたいっていう流れがあって。

――  またまたポピュラー音楽を引き合いに出してしまうんですけど、DJのセンスがあるって感じですね(笑)。

どうなんでしょう(笑)。何をするにしても理想があるので、アイディアは持っている方かもしれません。1曲目は自分の中ではイントロダクションというか、「この世界に連れて行きたい」というような、扉を開くイメージの曲なんですね。この「ブラームス:コンテンプレーション」は、『ROMANCE』というイメージにすごく合う曲でもありますし、序奏的な曲でもあります。それに、次の曲にいざなうようなイメージもある曲なので、これを1曲目にするというのは決めていました。最後の「ポンセ:エストレリータ」も、ポエムまでついている恋物語の曲なんですね。少し切ないポエムではあるのですが、本当にロマンティックな曲で、絶対この曲でアルバムを締めたかったんです。物語が始まり、いろいろな人生があり、最後は幸せな気分で。アルバム全体で一つの物語になっていると思います。

――  全体的に見ると、例えば、ブラームスのコンテンプレーション」にしても、もとは歌曲ですよね。ラストの「エストレリータ」も詩がついています。他の曲も、もともと歌だったようなものがちょっと多い気がするんですが。

そうなんですよ。今回編曲モノが多いですね。自分では特に意識していたわけではないんですが…。

――  意識的ではなかった?

なかったですね。たまたまそうなっていた感じです。

まずは曲の素晴らしさを捉える力がないとだめだと思っているので、背景を調べることはそういった感受性をさらに強くすることにも繋がりますよね。

――  では1曲ずつ見ていきましょう。まずは「ブラームス:コンテンプレーション」。原曲の歌曲にはとても示唆的な詩がついていますよね。自分の中で感情が萌え立ち、それを上手く言葉に表せないけど、そこにあるリズムには何らかの香気が漂っている、みたいなとてもリリカルなものです。「歌の調べのごとく私をよぎる」というようなタイトルなんですよね。

詩はブラームスが書いた訳ではありませんが、ブラームスってそういうタイプですもんね。表現がダイレクトな人ではなかったというか、ふつふつと沸くような内面的な感情を表現した方でしたから。でもこの曲はブラームスの他の作品に比べて、とても爽やかに感じるといいますか・・・そういった意味で新鮮さも感じます。「コンテンプレーション」は大好きな曲です。

――  続いて、ファリャ:歌劇『はかなき人生』からのスペイン舞曲。歌劇としてはそれほど有名ではないですけど、ヴァイオリンのレパートリーとしては有名な一曲です。

そうですね。この曲は様々な人が様々な形で演奏していると思うんですけど、これはクライスラーが編曲してますから、すごくヴァイオリンが生えるような形になってますよね。もちろんオーケストラで聞いても素敵ですし、ヴァイオリンで弾いてもまた違った魅力が出せる曲だと思っています。

――  アンダルシア地方の音階などが取り入れていますが、そういった民族的な部分って日本人からすればどうですか? 何か異質なものを感じますか?

クラシックにはそういう民族的な要素が含まれていることは多々ありますから。ブラームスだとハンガリーのリズムが入ってきたりだとか…。

――  ショパンとかバルトークとかもそうですよね。

そうですね。民族音楽を取り入れている作曲家は多いですし、やっぱりその国や土地のリズムを知ることができるのは面白いですよね。ヴァイオリニストにとっては、スペインの民族音楽との関わりはかなり密接なものだと思います。スペイン系のものにはヴァイオリンの曲が多くないですか? ラロのスペイン交響曲もそうですし、サラサーテのカルメン幻想曲もそうですし。ツィゴイネルワイゼンだとか。スペインの民族音楽は、ヴァイオリンという楽器に合っているように思いますし、自分自身も好きなものですね。こういうアクの強いリズムっていうのは、自分の中でも相性のいいものの一つだと思っています。

――  では続いてまいります。「モリコーネ:ニュー・シネマ・パラダイス」。

モリコーネの音楽好きなんですよ。この曲はみなさんお馴染みじゃないですか。そして私もとても好きな曲です。いろんな編曲のものがあると思うんですが、この編曲は自分がお願いして作ってもらっているものなので、そういう意味ではオリジナル感はあるかな、と思いたいというか(笑)。

――  編曲が深川甫さんで、今作では4曲手掛けられています。例えば深川さんにはどういう感じで依頼されたんですか?

あらかじめこんな感じで、とお願いしています。

――  細かく指示したという感じですか?

はい。ここにこういう山を作ってほしいとか、この調にして欲しいとか、ここで転調してほしいとか、ここにはこういう風にピアノを使って欲しい、とかそんな感じでお願いしました。前作もお願いしたので、深川さんも私の好みをわかっていただいているので、それに合わせて作っていただいたんだと思います。そういう意味では、自分の思い描く世界観が出ているニュー・シネマ・パラダイスかなと思います。

――  半分くらい編曲されている感じですね。

そんなことないです。ただ注文しているだけなんです(笑)。でも、それを汲んでくださるのですごく感謝してますね。

――  次は「ラヴェンダーの咲く庭で」です。

この曲はずっと繰り返し聞いていて、すごいいい曲だなと思っていたので、弾きたかったんです。曲単独でもすごく素晴らしいなと思って。

――  先ほどアルバム全体について語っていただいた時に、純粋なクラシックだけじゃなく、より広いリスナー層に聴いてもらえるように映画音楽など親しみやすものも収録したとおっしゃっていましたが、それらは演奏する時には違いますか?

そうですね。映画音楽は、リスナーの方もそうだと思うんですが、演奏する方も気持ちよく楽しく取り組むことができますね。クラシックの曲の場合は、理知的に計算しなければいけないこともありますので、そういうわけにはいかないこともあります。でもどちらも身体に入れちゃうので、最終的には一緒なんですけどね。でも、クラシック音楽の方が複雑ですから、神経の使い方が少し違うかもしれません。

――  そうなんですね。で、ミルシテイン編曲の「ショパン:ノクターン」。これはショパンの遺作なんですね。

そうなんです。映画『戦場のピアニスト』で有名になった曲なので皆さんお馴染みかなと思って入れました。

――  編曲をしたミルシテインもすごいヴァイオリニストだったんですよね。

そうです。歴史的な巨匠ですね。

――  超絶技巧の人なんですけど、それはあまり打ち出さず、とにかく「歌心」を重視した人のようで…。

そうみたいですね。曲の本質的な良さはちゃんと残して、旋律は変わってないと思いますし、ヴァイオリン用に書き換えたくらいのレベルだと思うんですよね。すごくきれいです。

――  ショパンというのはヴァイオリニストからすればどんな存在なのでしょう?

もちろん聴いたりはします。ただ、とてもピアノ的な作曲家です。ヴァイオリンのヴィエニャフスキみたいな人じゃないですかね。ヴィエニャフスキもヴァイオリンの良さを出せる作曲家・ヴァイオリニストでしたから。ショパンはピアノの良さを出せる人。なので、こういう曲をヴァイオリンで弾くのは実は難しいんですよ。一聴したところ簡単そうに感じますが、ピアノで弾くと良さが出るように書かれているので、演奏するのが難しいですね。

――  なるほど、そういう難しさがあるんですね。続いてシューマンの3つのロマンス。これは妻クララへ捧げた曲ですよね。

そうですね。なので、それこそテーマに合った曲の一つだと思います。ロマンティックで愛に溢れてる。シューマンにしたら健全な、まだごちゃごちゃしていない作品ですね(笑)。

――  シューマンもいろいろありましたからね。でも、この辺から精神的に病んでくるんですよね。この作品も、第2曲というと、穏やかに始まって、ちょっと若干荒々しくなって、また戻ってというのがありますけど、その辺にはやっぱり自身の波乱に満ちた人生が投影されているんですかね。

それもあると思います。これも自分の中で大切にしている曲の一つなので、いろいろと想像しながら弾いていますね。これまでたくさん弾いてきた、すごく好きな曲の一つです。

――  ブログか何かに書かれてましたけど、曲の背景とかというのはよくお調べになっているようで。

いえいえ、私なんかまだまだですけど、最低限は調べています。興味がありますし、どういう気持ちで曲を書いたのかな、というのは知りたいじゃないですか。もちろん曲を演奏すれば感じるところはありますが、本当のことを知りたいというのもありますし。やはり曲の背景などは本を読んだりして知りたいですね。

――  それは、単純な興味というところですか? それとも音作りに活かしてる、活きているという感じですか?

音作りというより、精神的な部分ですよね。背景を知って、自分の中でそれがすぐ音に出るかと言えばどうかわからないですけど、変わってくるものはあるんでしょうね。その曲に対する愛着や愛情がより深くなると思うんです、何も関心を示さないよりは。どういう背景で書いたんだろうと知ることで自然と音の、曲の素晴らしさを捉えることができるというか…。クラシック音楽って、自分が弾きたいように弾くよりも、まずは曲の素晴らしさを捉える力がないとだめだと思っているので、背景を調べることはそういった感受性をさらに強くすることにも繋がりますよね。

――  リスナー側からしてもそういう話って面白いですよね。そういうのを全然知らなくても「メロディーが綺麗」「和音が心地好い」って感じで音楽を楽しむのももちろんありだと思うんですが、時代背景を知り、歴史を学んで曲を聴くとより面白くなりますよね。というより、背景や歴史そのものが面白いから知りたい、というのはあるんですけど。

そうなんですよね。そんな感じで調べたり勉強したりしています。

あまり録音されていない曲というのが一つの特徴になればいいなと思っています。

――  ラフマニノフのヴォカリーズ。これも有名な曲ですね。

はい。これはちょっとリクエストもあったり……。名曲ですのでみなさんから喜ばれると思って。

――  なるほど。これはちょっと若干"マーケティング"的な部分もあるわけですね(笑)。これも歌詞はないですけど、歌曲というか、歌ですよね。

そうですね。歌曲ですが、やはり名曲なので弾いていて引き込まれるところがあるなと改めて感じます。

――  続いて参ります。ヘンリー・マンシーリの「ひまわり」。僕は映画をあまり見ない方なので、名作だというのは知っていますが、この映画も見ていないんですけど…。

これは見てください!

――  ですよね。改めてあら筋を見たら、それだけで泣きそうになりました…。

はい。これは好きでもあり、嫌いでもある映画ですね。嫌いというのは、悲しすぎてこんな現実私には耐えられないという意味で、私の中では一番心に残っている映画なんです。結構ずっしりきますね。決して軽い映画ではないし、とても考えさせられる作品でもあります。あと、戦争の時代だからこういうこともあったんだろうな、という切なさを感じますね。自分たちはすごく恵まれていて、自分の好きなように選択できますが、この時代は自分の行きたい方向に行けない、自由に選択ができない、という状況の中で生きなければならなかったんですよね。

――  我々は日本にいて平和ですから、そういう選択ができるのかもしれないですけど、今でもできない地域はありますからね。我々だってこれからどうなるのかわからないですしね…。続いて、アザラシヴィリの無言歌。

これはちょっと変わり種で、注目されたらいいなと思う曲の一つです。ジョージア(旧名グルジア)の作曲家なんですけど、まだ存命の方なんですね。誰が聞いてもいい曲だと思える、本当に美しい曲なんじゃないかなと思います。

――  前作ではシンディングといったちょっとマニアックな作曲家の作品を選ばれたりしていますが…。

シンディングもレコーディングの少し前に知って面白いなと思ったんですけど、アザラシヴィリはプロデューサーさんから教わりました。CDの中で変わり種じゃないですけど、あまり知られていない曲を一曲ぐらい入れたいなというのがあるので、アザラシヴィリは、前作でのシンディング的な位置付けですね。あまり録音されていない曲というのが一つの特徴になればいいなと思っています。

――  なるほど。わかりやすいものからちょっとマニアックなものまで、ということですね。次の「ヴァヴィロフ:カッチーニのアヴェマリア」なんですが、これも面白いですね。昔は「カッチーニの作品」として知られていて、僕もそういう認識でした。

今では作品名が「カッチーニのアヴェマリア」なんですよね。作曲がヴァヴィロフで。

――  ですよね。ヴィヴァロフは、「カッチーニの楽譜を発掘してそれを元に自分が編曲した」と言ってるんですが、実際はヴィヴァロフ自身が作曲していた、と。

というふうに言われていますよね。なので、こういう表記になっていますね。

――  ある意味クライスラーもそういうことをしていましたよね。彼自身、昔の作曲家が書いた作品を発掘して演奏していたんですが、時に、昔の作曲家のフレーズをほんの少しだけ自作曲に取り入れて、その作曲家の作品を「発掘した」ということにしていた、という…。

でも彼は「編曲」という形をとってますから。あ、でもとってない? とってないのもありますね。

――  そうなんですよね。なので、実際に「編曲」しているものもありますけど、本来は「作曲」と表記すべきところを「編曲」にしているものもあって、それが「偽証事件」としてスキャンダルになったことがあるんですよね。本人はわりとあっけらかんとしていたみたいですけど(笑)。

そうなんですね(笑)。

――  「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者がインタビューで本人に問い質してみたところ、「自作曲ばかりだと聴衆も飽きるだろうし、自分の名前が冠せられた曲だと他のヴァイオリニストが演奏しにくいだろうから」と答えたみたいですね。なのでバロック時代の作曲家の名前を拝借したとか。

欲のない人だったんですかね。

一回自分の殻を壊してしまってもう一度新しく生まれ変わりたいと考えていたので、新しい自分の表現や感覚が盛り込まれていると思います。

――  いよいよストラヴィンスキーです。

これは絶対入れたかったものです。(この曲の元になった)「プルチネルラ」は本当によく聴いていました。これも言ってしまえば、管弦楽から室内楽へと編曲した作品なんですが、ストラヴィンスキー自身がやっているので彼の作品ではありますが…。

――  ストラヴィンスキーは「プルチネルラ」をいろんな編成に書き換えていますよね。この作曲家は「カメレオン」とあだ名されていたように、いろいろと作風を変えるんですよね。この時はちょうど新古典主義の時代に入ったところで…。

一人の作曲家でも時代によってこんなに違うというのが面白いですよね。人間の可能性のようなものを感じます。私自身も変わりたいという想いがあったので、とても惹かれます。例えばブラームスなら、どんな楽器でもどんな編成でもブラームスになると思うんですが、ストラヴィンスキーの作品は時代によって違いすぎて、同じ人が書いているとは思えないですよね。それはロシアのこの時代の作曲家にはそういう人が多いですが、ストラヴィンスキーはその中でも最も激しく変化した作曲家だと思います。

――  しかも、「春の祭典」のような前衛的な作品から古典へと急転換しているのも面白いですよね。

行き着くところまで行ってしまって、戻ってきたくなったのかなと。原点回帰というか。古典とかバロックっていうのは基礎となっているものですし、誰もがその時代の作曲家を崇拝していると思うんです。そういう原点に立ち返るというのがあったのかなと思いますね。

――  確かにルーツに立ち返ったということでもあるとは思いますが、ストラヴィンスキーはそこに近代的な和声を取り入れているので、やはり一筋縄ではないかないな、とも思うんですよね。「プルチネルラ」にしても、バレエではピカソが舞台美術を手掛けていたりして、キュビスム的なセットが組まれていたそうですね。そういう意味では、ある種の斬新さはあったのかもしれないですよね。

そうですね。私もそう思います。ただ原点回帰しただけでなく、そこに近代的なストラヴィンスキーのカラーが混ざって、本当に新しい世界を見る事ができます。ピカソも一人の画家なのに時代によって全然違いますよね。そういう意味では、ストラヴィンスキーと辿った変遷が似ていますよね。お互い考えも合ったところがあったのかもしれませんね。そして、やっぱり変革の時代だったんでしょうね、様々なことにおいて。ピカソはスペインの人でしたよね? どの国も本当に激しい変革の流れの中にあったんじゃないですかね。50年ぐらいでガラッとが変わっていった時代だったんだと思います。

――  なるほど。そういう意味では「自分の中でも変革を起こしたい」と思っていたそうですが、“変革”を経て作られたアルバムということじゃないですか?

真っ只中だったんですけど、この時は(笑)。悩みからちょっと抜けそうなぐらいの時期だったと思います。

――  そういう意味では、前作とは違いますか?

前作よりは踏み込んでいけたのではないかと思います。演奏面に関しても、気迫とか緊迫感を失わないように注意しました。前作の時と今作では自分の内面が少し変わったと思います。そういう意味では、新作ではまた違ったものが表現されているんじゃないかなと思います。

――  ストラヴィンスキーにしろ、ショスタコーヴィチにしろ、プロコフィエフにしろ、変わっていくことに魅力を感じていたみたいな印象があります。ご自身も変わっていこうとしたわけですね?

そうなんです。2016年はいろいろな事が起こり、最も辛く感じた年だったんですけど、一回自分の殻を壊してしまってもう一度新しく生まれ変わりたいと考えていたので、新しい自分の表現や感覚が盛り込まれていると思います。

――  最後はポンセの「エストレリータ」です。この曲でアルバムを締めたかったとのことですが…。

はい。私の中ではこの曲って、夢見心地になれる曲なんです。すごくロマンティックに感じるんです。詩もすごく、相手を想う気持ちがストレートに出ていて…。

――  恋としては報われていなくて、ちょっと悲しい感じもしますが…。

そうですね。切ない詩なんですけど、曲調からは満たされていない感じが聴こえてこないというか、希望が見えるんですよね。そこにポジティブなものを感じますし、「ロマンスってこうありたいな」という意味では、自分の中で理想的な曲でした。これをアルバムのラストに持ってきたかったんです。これで終われたら『ROMANCE』というアルバムが意味を持つような気がして……。一つの物語が完結するというか…。「ストラヴィンスキーで終わるのもありかな」とも思ったんですけど、「いや、やっぱりこの曲で終わりたい」と。

――  なるほど。映画の最後のタイトルロール的な位置付けですね。

そうそう!この曲は余韻に浸れる感じがあると思います。

――  たぶん訳し方にもよると思うんですけど、若干まだ思いが伝わらなくて、喪失感のようなものが漂っていますが、ただ、訳し方によっては逆に幸せな未来を夢見ているようにも捉えることができますよね。

そんな感じもしたんですよね。いつか結ばれるみたいな…。曲調からは希望も感じます。

――  それを星に願っている、ということですね。

そうです!まさに「ROMANCE」って感じですよね。オペラみたいにドロドロとした恋愛ではなくて、もっと清廉なものを感じます。なので、この曲からは七夕の織り姫と彦星のようなものを連想するんです。純粋で可愛いらしくて夢見心地で…。とても好きな曲ですね。この曲を最後に聴くと「『ROMANCE』というアルバムを聴いたな~」という気持ちになれるんじゃないかなと思います。

――  織り姫と彦星のストーリーにしても、「一年に一度だけ再会できる」という部分だけを切り取れば、とてもロマンティックではありますが、二人が別れることになった事情とか裏にはいろいろな物語があるわけですよね。そこを抽出した純粋なものというのがここには現れているという感じがするんですよね。

私もそう思います。すごく純粋で可愛いらしくて。なので、私のイメージする「ロマンス」にぴったりなんですよね。

――  アルバムの一曲目から、純愛があったり、悲劇があったり、時代に翻弄されたり、とか様々な物語がありますが、最後は浄化された感じで終わる、という展開なんですね。

そうですね。希望のあるエンディングにしたかったんですよね。この曲にはそういう意味を持たせていますね。

自分の中では全くブレるつもりはないです。

――  そろそろインタヴューの方も締めなければいけません。最後にお聞きしたいのですが、先ほどもおっしゃっていたように、アルバムには、オーセンティックな、時にはマニアックなクラシック曲を収録する一方で、映画音楽やよく知られた定番曲などを入れて、より幅広いリスナー層へと向けて間口を広げようともされています。そして、このたびモデルや女優をマネージメントするオスカーに所属することにもなりました。ご自身の演奏家としての立ち位置というか役目というか、それはどのように考えられていますか?

若い人たちや普段クラシックを聴かない人たちにも聴いていただきたいという想いがあって、それにはまず自分の存在を知ってもらわなきゃいけないですよね。そういう意味では、これから演奏以外のお仕事もするかも知れませんが、でも、自分の中では全くブレるつもりはないです。ヴァイオリニストとしての自分を自覚しながら、同時に幅を広げる活動にもチャレンジしていきたいな、とは思っています。

――  ということは、今後はこれまでとは違う活動にチャレンジすることも有り得るということですね?

そうですね。全て自分の経験にもなっていきますし、色んな事に挑戦させていただけるのでしたら、してみたいと思っています。

――  アドバンテージにするという意味ですよね。

はい。自分を知ってもらえる機会になればなと思っています!

(取材・文:石川真男)

 

寺下真理子さん

寺下真理子 Mariko Terashita

 

5歳よりヴァイオリンを始める。
東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校、
同大学、ブリュッセル王立音楽院修士課程卒業。

1993年、第1回五嶋みどりレクチャーコンサートに出演。
1996年、第50回全日本学生音楽コンクール中学生の部、大阪大会第2位受賞。
1997年、第2回宮崎国際音楽祭にて、故アイザック・スターン氏の公開レッスンを受講。
五嶋みどりデビュー20周年記念コンサート(大阪NHKホール)にて五嶋みどりと共演。
2004年には第2回東京音楽コンクール弦楽器部門第2位(ヴァイオリン最高位)受賞し注目を集めた。これまでに東京フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団 などと共演。
2014年、大桑文化奨励賞を受賞。
2015年11月6日には初の台湾公演を行い大成功を収めた。
2015年2月4日「Ave Maria」(KING RECORDS)をリリースし、高音質ハイレゾ音源配信サイトにて全ジャンルの中から週間1位を獲得。Yahooニュースにも掲載された。
韓国の大手ハイレゾ音源配信サイト"groovers"にて、4位にランクイン。その後も長期間に渡りTOP50にランクインした。
2017年2月22日に2枚目のアルバム「ROMANCE」(KING RECORDS)をリリース。
同年4月から全国5都市にて、「ハウス食品グループ ファミリーコンサート」のソリストとして、東京フィルハーモニー交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、日本センチュリー交響楽団、九州交響楽団と共演予定。

各地での様々なコンサート・リサイタル・公演の他、テレビ・ラジオなどにも積極的に出演。
現在、(株)オスカープロモーション に所属。

http://mariko-terashita.com